「はぁ~疲れたぁ~あっ、ドリンクありがと~タク……!?」
ジャパンカップ前日。トレーニングを終えてヘトヘトのコントレイルに差し出されたドリンクをコントレイルは受け取るや、タクトかと思って顔を上げた対面の相手を見て言葉が止まった。
「ディ、ディープさん!?」
「コントレイル、久しぶりだな。調子はどう?」
「ディ、ディープさんの顔を見て疲れが吹き飛んだぐらい、調子は最高だよ!」
「そうか。ちょっといい?アーモンドアイ、ちょっと借りるよ」
まさか、憧れであるディープインパクトからドリンクを渡されるとは思わず、半ばドッキリに引っかかったボクは理解が追い付かないまま、ボクを物のように借りていくディープさんに為すがまま連れて行かれていった。
「アーモンドアイにシゴかれているらしいな」
「いや~トレーニングの他に、秋の天皇賞のスタートを見てゲート練習やプール調教も率先と、もうトレーナーさんの出る幕がない状態だよ」
「昨年のジャパンカップで負かした事が、デアリングタクトと共にここまで困難な道のりになるとは思わなかったのだろう。ラスト二戦と知って、責任を感じているかもしれないな」
「「責任」ねぇ……」
(これからのトゥインクルシリーズを担うお前達には、負けも経験しないとな……)
茜色の空のトレセン学園の園内で、思わぬ形でディープさんと二人きりとなったボクは、アーモンドアイによるボクのジャパンカップへのトレーニング話題で盛り上がる中、ディープさんが推察するアーモンドアイの真意に、あの日、アーモンドアイから言われた事を思い出すボクは、咄嗟に否定した。
「アーモンドアイは悪くないよ。これからのトゥインクルシリーズを担う存在になれなかったボクが悪いんだ。去年、憧れのディープさんと同じ無敗の三冠ウマ娘になったけど、今思えば、あのジャパンカップまで調子に乗っていたかもしれない」
「コントレイル……」
「でも、無敗の三冠ウマ娘になった事による困難な道のりに後悔はないよ。なれたからこそ、アーモンドアイやレイパパレにエフフォーリアと戦えたし、負けたのは悔しいけど、「ただ勝ったウマ娘が強かった」とここまで切り替えてきた。明日、どんな結果になろうと後悔だけはしたくない。ううん。後悔なんて吹き飛ばす程に勝つから!」
「あの言葉、心掛けているようだな」
「うん。ボクの憧れであるディープさんからの言葉だもん!」
昨年のジャパンカップは、ボクとタクトに初めての負けを与えたアーモンドアイ、同じ無敗の三冠ウマ娘になったからこその先を知るディープさんからの言葉、今年ボクを負かしたレイパパレやエフフォーリアと、様々な事を学んできた。あれから一年。今度は学んできた事を、ボクの勝利で返す番だ。
「ねぇ、ディープさんも明日のジャパンカップ観に行くの?」
「ああ。憧れにされたウマ娘が決めた最後のレース、見届けなければな」
「ホント!?ディープさんも観に行くなら、尚更負けられないね!」
ディープさんも観に行くジャパンカップで俄然張り切るボクに応えるかのように、茜色の空から流れる一筋の飛行機雲が、ボクに明日の勝利を呼び込む気運のように見えた。
----
ジャパンカップの発走が迫る東京レース場のスターティングゲート前では、今日でトゥインクルシリーズ最後となるボクに、共に走るウマ娘達からの掛け合いがあった。
「コントレイル。今年のダービーウマ娘として、昨年のダービーウマ娘との最初で最後のレース、負けないからね」
「私は大阪杯で一緒以来になる今日のレース、共に頑張りましょう」
「その前に、ワグは遠ざかっている勝利でもしたら?何なら、今日の“ラストフライト”を阻止してもいいんだよ?」
「マカヒキさん!?三冠ウマ娘相手に、私なんかが……」
「構わないよ。今年でも、平成最後でも、5年ぶりの勝利を決めたダービーウマ娘相手でも、ボクは負けないから」
秋の天皇賞で敗れたエフフォーリアにダービーで勝った、今年のダービーウマ娘のシャフリヤールと平成最後のダービーウマ娘のワグネリアン、京都大賞典で5年ぶりの勝利を決め、昨年も走っているマカヒキとの史上初となる四世代のダービーウマ娘との絡みは、タクトとアーモンドアイとの昨年の三冠ウマ娘対決を重ねながら、別れた三人と入れ替わるように次に現れたのは、ボクにとっての曰く付きのウマ娘だった。
「やあ、コントレイル。昨年の菊花賞以来かな?」
「うげっ、キミも出るんだ……」
昨年の菊花賞で、危うく無敗の三冠ウマ娘を阻止されそうになった最後の直線の競い合いを思い出すアリストテレスとの再会に、ついボクは嫌な顔をしてしまったが、当のアリストテレスは気にせず、今日のレースをあの時の菊花賞に例えて宣誓した。
「君の最後のレース、また菊花賞のような競い合いでもしようじゃないか」
「そ、そうだね。お互い頑張ろ~」
菊花賞以来なのに、未だ苦手意識があるアリストテレスと別れたボクは、改めてボクの“ラストフライト”と戦う他のウマ娘達を眺めた。
大阪杯でレイパパレに続く2着だったモズベッロもいる。
二年前のホープフルステークス以来の顔合わせとなるオーソリティもいる。
今年のオークスを制したユーバーレーベンもいる。
キセキとユーキャンスマイルは、マカヒキと同じく昨年も走っている。キセキは今年も先行大逃げでもするのだろうか?
昨年はウェイトゥパリスのみだったジャパンカップ恒例の海外招待ウマ娘も、今年はブルーム、ジャパン、グランドグローリーの三人が来てくれた。
他はムイトオブリガード、ウインドジャマー、ロードマイウェイ、シャドウディーヴァ、サンレイポケットでボクを含めたフルゲートの18人。最後もいつもの事ではあるが、いつも以上に感じる異様な雰囲気の中、東京レース場に発走を告げるファンファーレが鳴り響いたのはその時だった。
『あの伝説の対決から一年。昨年のアーモンドアイに続き、コントレイルは“ラストフライト”を有終の美で飾れるのか?新型ウイルスという出口の見えないトンネルに、一筋の光を照らしてくれたコントレイルに、最大限の敬意を称して……』
2番ゲートに入るボクへの敬意を称す実況に、内心照れながらも落ち着いて構えを取り、そして……
『第41回、ジャパンカップ……今スタートが切られました!』
ゲート練習の成果が出た、これ以上ない好スタートを決めたボクの“ラストフライト”が始まった。
『コントレイルは、まず良いスタートを決めてくれました。拍手が起こります!拍手が起こります!』
場内の観客からの拍手に見送られたジャパンカップは、昨年は先行していたキセキが最後方からという予想外の展開で始まるも、2コーナーを過ぎてからキセキが仕掛け始めては、あっという間に先頭を走るアリストテレスの前に立つ昨年の光景となって、3コーナーから4コーナーへと入って行った。
『キセキが行った!キセキが行った!やはり先頭指定席。今年もキセキが先頭で、第4コーナーカーブを迎えています』
「キセキ、相変わらずだなぁ~でも、ボクは乗らないよ」
昨年と同じ展開となったキセキの先頭指定席逃げに乗らず、ボクはバ群中団を追走したまま、いよいよ最後の直線。果て無き夢への滑走路へと入り、キセキの失速を見てまずオーソリティが抜け出し、前が空いたボクも続くべくスパートをかけようかと同時に、シャフリヤールがバ体を合わせる伸びで追走してきた。
『更には、今年のダービーウマ娘。去年のダービーウマ娘、シャフリヤールだ!二人のマッチレースになるのか?』
「コントレイルの“ラストフライト”、私が阻止します!」
「流石、エフフォーリアに勝った今年のダービーウマ娘。でも……」
見てて、ディープさん。
見てて、アーモンドアイ。
見てて、タクト。
「これが、ボクの……最後の勝利への飛行機雲だー!」
「!?これが、三冠ウマ娘の本来の姿……」
『外からコントレイル!外コントレイルだ!オーソリティを差し切った!コントレイル!もう他には何も来ない!』
まるで滑走路から飛び始める飛行機の如く、スパートをかけたボクの末脚は、並んでいたシャフリヤールを突き放し、更に前を走っていたオーソリティを差した飛行機雲は、空の彼方に最後の軌跡を描いて一着でゴール板を駆け抜けた。
----
『コントレイルやりました!有終の美を飾ってみせました!他を圧倒完封です!三連敗を跳ね除けました!』
勝った!
昨年の菊花賞以来、一年ぶりの勝利を決めたボクの“ラストフライト”を見届けた場内の観客からの拍手が響く東京レース場でウイニングランをするボクの視界はさっきから濁っていたが、それが涙と把握するまでそう時間はかからなかった。
「アレ?おかしいな……何で涙が?勝ったのに……」
何度拭っても頬に零れ落ちる涙は、一年ぶりの勝利への嬉し涙と同時に、ボクのトゥインクルシリーズが終わった別れの涙も意味していた。
「コンちゃーん!」
「タクト!アーモンドアイに、ディープさん!」
ふと聞き慣れた声から目を向くと、場内の観客に混じった最前列に居たタクトとアーモンドアイ、そして本当に観に来てくれたディープさんを確認したボクは、涙を拭い切ってから三人の元へと駆け寄った。
「みんな。ボクの“ラストフライト”、見ててくれた?」
「うん。カッコよかったよ。コンちゃん」
「見事に飛び立ったな。まあ、最後だし、泣くのは仕方ない」
「べ、別に泣いてないよ……」
「コントレイル。自分で最後と決めた今日のレースに後悔は?」
「当然……ないよ。勝ったんだし……」
ボクの勝利に喜ぶタクト、泣いている事を見透かされたアーモンドアイ、そして最後のレースに後悔を問うディープさんに答える間も、拭いきったつもりだった目から尚も零れ落ちる涙に、三人に喜ぶ顔を見せるつもりが、嬉し泣き状態のボクの体が何者かに担がされたのはその時だった。
「わっ。何、なに?」
「コントレイル、おめでとう!」
「コントレイルさんが描いた一筋の消えない思い出をありがとう!」
「さらば!コントレイル!」
シャフリヤールを端に、ワグネリアン、アリストテレスら先程まで敵同士だったジャパンカップの17人のウマ娘によるボクへの胴上げが始まり、高々と舞うボクの目に、丁度東京レース場の上空に飛ぶ飛行機が、ボクの勝利を祝うかのように、一筋の消えない飛行機雲を描いていた。