・自作小説

2021年ジャパンカップをウマ娘で。 コントレイル視点・後編

「はぁ~疲れたぁ~あっ、ドリンクありがと~タク……!?」

 

ジャパンカップ前日。トレーニングを終えてヘトヘトのコントレイルに差し出されたドリンクをコントレイルは受け取るや、タクトかと思って顔を上げた対面の相手を見て言葉が止まった。

 

「ディ、ディープさん!?」

「コントレイル、久しぶりだな。調子はどう?」

「ディ、ディープさんの顔を見て疲れが吹き飛んだぐらい、調子は最高だよ!」

「そうか。ちょっといい?アーモンドアイ、ちょっと借りるよ」

 

まさか、憧れであるディープインパクトからドリンクを渡されるとは思わず、半ばドッキリに引っかかったボクは理解が追い付かないまま、ボクを物のように借りていくディープさんに為すがまま連れて行かれていった。

 

 

「アーモンドアイにシゴかれているらしいな」

「いや~トレーニングの他に、秋の天皇賞のスタートを見てゲート練習やプール調教も率先と、もうトレーナーさんの出る幕がない状態だよ」

「昨年のジャパンカップで負かした事が、デアリングタクトと共にここまで困難な道のりになるとは思わなかったのだろう。ラスト二戦と知って、責任を感じているかもしれないな」

「「責任」ねぇ……」

 

これからのトゥインクルシリーズを担うお前達には、負けも経験しないとな……)

 

茜色の空のトレセン学園の園内で、思わぬ形でディープさんと二人きりとなったボクは、アーモンドアイによるボクのジャパンカップへのトレーニング話題で盛り上がる中、ディープさんが推察するアーモンドアイの真意に、あの日、アーモンドアイから言われた事を思い出すボクは、咄嗟に否定した。

 

「アーモンドアイは悪くないよ。これからのトゥインクルシリーズを担う存在になれなかったボクが悪いんだ。去年、憧れのディープさんと同じ無敗の三冠ウマ娘になったけど、今思えば、あのジャパンカップまで調子に乗っていたかもしれない」

「コントレイル……」

「でも、無敗の三冠ウマ娘になった事による困難な道のりに後悔はないよ。なれたからこそ、アーモンドアイやレイパパレにエフフォーリアと戦えたし、負けたのは悔しいけど、「ただ勝ったウマ娘が強かった」とここまで切り替えてきた。明日、どんな結果になろうと後悔だけはしたくない。ううん。後悔なんて吹き飛ばす程に勝つから!」

「あの言葉、心掛けているようだな」

「うん。ボクの憧れであるディープさんからの言葉だもん!」

 

昨年のジャパンカップは、ボクとタクトに初めての負けを与えたアーモンドアイ、同じ無敗の三冠ウマ娘になったからこその先を知るディープさんからの言葉、今年ボクを負かしたレイパパレやエフフォーリアと、様々な事を学んできた。あれから一年。今度は学んできた事を、ボクの勝利で返す番だ。

 

「ねぇ、ディープさんも明日のジャパンカップ観に行くの?」

「ああ。憧れにされたウマ娘が決めた最後のレース、見届けなければな」

「ホント!?ディープさんも観に行くなら、尚更負けられないね!」

 

ディープさんも観に行くジャパンカップで俄然張り切るボクに応えるかのように、茜色の空から流れる一筋の飛行機雲が、ボクに明日の勝利を呼び込む気運のように見えた。

 

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ジャパンカップの発走が迫る東京レース場のスターティングゲート前では、今日でトゥインクルシリーズ最後となるボクに、共に走るウマ娘達からの掛け合いがあった。

 

「コントレイル。今年のダービーウマ娘として、昨年のダービーウマ娘との最初で最後のレース、負けないからね」

「私は大阪杯で一緒以来になる今日のレース、共に頑張りましょう」

「その前に、ワグは遠ざかっている勝利でもしたら?何なら、今日の“ラストフライト”を阻止してもいいんだよ?」

「マカヒキさん!?三冠ウマ娘相手に、私なんかが……」

「構わないよ。今年でも、平成最後でも、5年ぶりの勝利を決めたダービーウマ娘相手でも、ボクは負けないから」

 

秋の天皇賞で敗れたエフフォーリアにダービーで勝った、今年のダービーウマ娘のシャフリヤールと平成最後のダービーウマ娘のワグネリアン、京都大賞典で5年ぶりの勝利を決め、昨年も走っているマカヒキとの史上初となる四世代のダービーウマ娘との絡みは、タクトとアーモンドアイとの昨年の三冠ウマ娘対決を重ねながら、別れた三人と入れ替わるように次に現れたのは、ボクにとっての曰く付きのウマ娘だった。

 

「やあ、コントレイル。昨年の菊花賞以来かな?」

「うげっ、キミも出るんだ……」

 

昨年の菊花賞で、危うく無敗の三冠ウマ娘を阻止されそうになった最後の直線の競い合いを思い出すアリストテレスとの再会に、ついボクは嫌な顔をしてしまったが、当のアリストテレスは気にせず、今日のレースをあの時の菊花賞に例えて宣誓した。

 

「君の最後のレース、また菊花賞のような競い合いでもしようじゃないか」

「そ、そうだね。お互い頑張ろ~」

 

菊花賞以来なのに、未だ苦手意識があるアリストテレスと別れたボクは、改めてボクの“ラストフライト”と戦う他のウマ娘達を眺めた。

 

大阪杯でレイパパレに続く2着だったモズベッロもいる。

二年前のホープフルステークス以来の顔合わせとなるオーソリティもいる。

今年のオークスを制したユーバーレーベンもいる。

キセキとユーキャンスマイルは、マカヒキと同じく昨年も走っている。キセキは今年も先行大逃げでもするのだろうか?

昨年はウェイトゥパリスのみだったジャパンカップ恒例の海外招待ウマ娘も、今年はブルーム、ジャパン、グランドグローリーの三人が来てくれた。

他はムイトオブリガード、ウインドジャマー、ロードマイウェイ、シャドウディーヴァ、サンレイポケットでボクを含めたフルゲートの18人。最後もいつもの事ではあるが、いつも以上に感じる異様な雰囲気の中、東京レース場に発走を告げるファンファーレが鳴り響いたのはその時だった。

 

『あの伝説の対決から一年。昨年のアーモンドアイに続き、コントレイルは“ラストフライト”を有終の美で飾れるのか?新型ウイルスという出口の見えないトンネルに、一筋の光を照らしてくれたコントレイルに、最大限の敬意を称して……』

 

2番ゲートに入るボクへの敬意を称す実況に、内心照れながらも落ち着いて構えを取り、そして……

 

『第41回、ジャパンカップ……今スタートが切られました!』

 

ゲート練習の成果が出た、これ以上ない好スタートを決めたボクの“ラストフライト”が始まった。

 

 

『コントレイルは、まず良いスタートを決めてくれました。拍手が起こります!拍手が起こります!』

 

場内の観客からの拍手に見送られたジャパンカップは、昨年は先行していたキセキが最後方からという予想外の展開で始まるも、2コーナーを過ぎてからキセキが仕掛け始めては、あっという間に先頭を走るアリストテレスの前に立つ昨年の光景となって、3コーナーから4コーナーへと入って行った。

 

『キセキが行った!キセキが行った!やはり先頭指定席。今年もキセキが先頭で、第4コーナーカーブを迎えています』

 

「キセキ、相変わらずだなぁ~でも、ボクは乗らないよ」

 

昨年と同じ展開となったキセキの先頭指定席逃げに乗らず、ボクはバ群中団を追走したまま、いよいよ最後の直線。果て無き夢への滑走路へと入り、キセキの失速を見てまずオーソリティが抜け出し、前が空いたボクも続くべくスパートをかけようかと同時に、シャフリヤールがバ体を合わせる伸びで追走してきた。

 

『更には、今年のダービーウマ娘。去年のダービーウマ娘、シャフリヤールだ!二人のマッチレースになるのか?』

 

「コントレイルの“ラストフライト”、私が阻止します!」

「流石、エフフォーリアに勝った今年のダービーウマ娘。でも……」

 

見てて、ディープさん。

見てて、アーモンドアイ。

見てて、タクト。

 

「これが、ボクの……最後の勝利への飛行機雲だー!」

「!?これが、三冠ウマ娘の本来の姿……」

 

『外からコントレイル!外コントレイルだ!オーソリティを差し切った!コントレイル!もう他には何も来ない!』

 

まるで滑走路から飛び始める飛行機の如く、スパートをかけたボクの末脚は、並んでいたシャフリヤールを突き放し、更に前を走っていたオーソリティを差した飛行機雲は、空の彼方に最後の軌跡を描いて一着でゴール板を駆け抜けた。

 

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『コントレイルやりました!有終の美を飾ってみせました!他を圧倒完封です!三連敗を跳ね除けました!』

 

勝った!

昨年の菊花賞以来、一年ぶりの勝利を決めたボクの“ラストフライト”を見届けた場内の観客からの拍手が響く東京レース場でウイニングランをするボクの視界はさっきから濁っていたが、それが涙と把握するまでそう時間はかからなかった。

 

「アレ?おかしいな……何で涙が?勝ったのに……」

 

何度拭っても頬に零れ落ちる涙は、一年ぶりの勝利への嬉し涙と同時に、ボクのトゥインクルシリーズが終わった別れの涙も意味していた。

 

「コンちゃーん!」

「タクト!アーモンドアイに、ディープさん!」

 

ふと聞き慣れた声から目を向くと、場内の観客に混じった最前列に居たタクトとアーモンドアイ、そして本当に観に来てくれたディープさんを確認したボクは、涙を拭い切ってから三人の元へと駆け寄った。

 

「みんな。ボクの“ラストフライト”、見ててくれた?」

「うん。カッコよかったよ。コンちゃん」

「見事に飛び立ったな。まあ、最後だし、泣くのは仕方ない」

「べ、別に泣いてないよ……」

「コントレイル。自分で最後と決めた今日のレースに後悔は?」

「当然……ないよ。勝ったんだし……」

 

ボクの勝利に喜ぶタクト、泣いている事を見透かされたアーモンドアイ、そして最後のレースに後悔を問うディープさんに答える間も、拭いきったつもりだった目から尚も零れ落ちる涙に、三人に喜ぶ顔を見せるつもりが、嬉し泣き状態のボクの体が何者かに担がされたのはその時だった。

 

「わっ。何、なに?」

「コントレイル、おめでとう!」

「コントレイルさんが描いた一筋の消えない思い出をありがとう!」

「さらば!コントレイル!」

 

シャフリヤールを端に、ワグネリアン、アリストテレスら先程まで敵同士だったジャパンカップの17人のウマ娘によるボクへの胴上げが始まり、高々と舞うボクの目に、丁度東京レース場の上空に飛ぶ飛行機が、ボクの勝利を祝うかのように、一筋の消えない飛行機雲を描いていた。

2021年ジャパンカップをウマ娘で。 コントレイル視点・前編

20211128日。

いよいよ“この日”が来た。

今日は、ボクにとっての“特別な一日”……

 

 

『三冠ウマ娘のラスト。四世代のダービーウマ娘。そして今年は、海外ウマ娘三人が赴いた、話題性たっぷりの第41回ジャパンカップ。本バ場入場です……無敗の三冠ウマ娘、コントレイルの“ラストフライト”。ただしかし、飛行機雲は消える事なく、トゥインクルシリーズの宝となります……』

 

「う~ん。澄み渡る青い空。やっぱ、“ラストフライト”はこうでなくちゃね!」

 

青天の第41回ジャパンカップの本バ場入場で、東京レース場のターフに立つコントレイルの眼前に、昨年からの新型ウイルスの影響は依然続く中でも来てくれた多数の観客が、今日で“ラストフライト”となるボクの登場を迎え入れた。

 

「そっか。あれから、一年経つんだ……」

 

コントレイルがふと想いにふける昨年のジャパンカップ……ボクは、ここで初めての“負け”を経験した。

 

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『三冠ウマ娘の共演だ!三冠ウマ娘の共演!コントレイル、デアリングタクトが来ているが、アーモンドアイ!アーモンドアイです!』

 

昨年、新型ウイルスに翻弄され、場内に観客が居ない中で誕生した、シンボリルドルフとディープインパクトに続く史上三人目の無敗の三冠ウマ娘のボクに初めて土を付けたウマ娘の名は、アーモンドアイ。

無敗ではないが、GⅠレースの勝利数を8つも積み上げた三冠ウマ娘であり、親友である同期のティアラ無敗三冠ウマ娘のデアリングタクトとの三冠ウマ娘三人による昨年のジャパンカップを制し、G9勝目となるトゥインクルシリーズ最後のレースで勝ち逃げされた事に悔しがるも、ボクもタクトも全力を尽くした結果の初めての負けを受け入れ、このレジェンドレースを一生の思い出としてアーモンドアイとの親交を深めた。

 

だが今年、無敗の三冠ウマ娘になれた昨年とは打って変わった困難な道のりが、ボクを待ち構えていた。


 

『底知れぬ魅力、無敗ウマ娘・レイパパレ!三冠ウマ娘・コントレイルも、快速ウマ娘・グランアレグリアも退けました!』

 

ボクの今年最初のレースの大阪杯。大雨の重バ場の影響で最後の伸びを欠き、勝者のレイパパレどころかモズベッロにも差されて3着は、レース後の脚の違和感や疲労もあって、トレーナーから次の出走予定にしていた宝塚記念を回避する程のダメージだった。

その後、次走は秋の天皇賞に決まったと同時に、ボクはある決意を固めた。

 

『コントレイル、天皇賞秋とジャパンカップでラスト!』

『コントレイル、ラスト2レースに全てを懸ける!』

『有馬記念は見送り、ジャパンカップでラスト!』

 

 

「コンちゃん!トゥインクルシリーズラスト二戦って、ホントなの!?」

 

コントレイルのトゥインクルレースあと二戦で最後を知って、血相を変えてトレーニング中のボクの元に詰め寄って来るタクトを、ボクは宥めながらも肯定するが、それでもタクトは納得しなかった。

 

「うん、ホントだよ。タクト」

「何で?やっぱり、無敗の三冠ウマ娘のプレッシャーに負けちゃったの?」

 

タクトも、今年金鯱賞で2着。海外挑戦の香港でも3着に敗れた後に怪我による休養と、ジャパンカップでお互いアーモンドアイに初めての敗北からの連敗に、周囲から「弱い三冠ウマ娘」と心ない言葉も出始めていたが、ボクはそれに対しては否定をした。

 

「そうじゃない。でも、このまま続けるよりは、退き際も考えた方がいいと思っただけ。けど、ただ退くつもりなんてない。勝って終わりにしたい。ディープさんやアーモンドアイのように!ボクは二人にはまだ及ばないけど、二人に続きたい!」

「コンちゃん……」

 

ボクが挙げた二人のウマ娘。一人はボクの憧れであり、有馬記念で翼を広げて飛び立つような末脚で最後の勝利を決めたディープインパクト。もう一人は、ボクとタクトに初めての負けを与えた、昨年のジャパンカップで最後の勝利を決めたアーモンドアイ。どちらも最後は勝利という輝きを放ってトゥインクルシリーズを終えている。

 

「言ったな。コントレイル」

「ひゃっ!アーモンドアイ!?」

 

ボクのラスト二戦に懸ける決意を感じたタクトと同時に、ここまでの話を聞いていたのか、いつの間にかアーモンドアイがボクの後ろにいた事に、ボクは素っ頓狂な声を上げて驚いた。

 

「聞いたぞ。天皇賞秋とジャパンカップでラスト……まるで、昨年の私だな」

「べ、別に狙ったわけじゃないよ」

「だが、レースはそう甘くはない。お前の有終の美を阻止するライバルだっている。現に昨年のジャパンカップで、お前は私に敵愾心剥きだしだったはずだが?」

「そ、そうだったかな……ハハハ」

 

アーモンドアイの言う通りだ。ラストと決めた以上、ボクの有終の美を阻止する他のウマ娘達だって黙ってはいない。昨年のジャパンカップで自分がした事が跳ね返ってきた因果応報に、ボクは赤面になりつつも笑って誤魔化す事しか出来なかった。

 

「ほお、誤魔化す余裕はあるのだな。なら、昨年を思い出させるべく、私とトレーニングでもしゃれこもうではないか。デアリングタクト、スターターとタイムを頼む」

「コンちゃん。ファイト!昨年の仕返すチャンスが来たじゃん!」

「え?ちょっ!タクトまで……」

 

どうやら、昨年への誤魔化しは逆効果だったようで、闘争心に火を付けてしまったアーモンドアイと乗り気なタクトに促されてのトレーニングとなってしまったボクは、あれから一線を退いてもG9勝の速さは衰えてはいないアーモンドアイとトゥインクルシリーズで連敗中のボクとでは、昨年の仕返しどころではなく、ボクが根を上げて謝るまでトレーニングは続いていった。

 

 

『あと100!エフフォーリアだ!エフフォーリアが抜け出す!二番手はコントレイルか!グランアレグリアか!……新時代の象徴が頂点に立ちました!エフフォーリア!

 

こうして迎えた秋のGⅠでラスト二戦と決めた最初の秋の天皇賞は、今年の無敗の皐月賞ウマ娘であるエフフォーリアに敗れて2着。三連敗となってしまったが、ボクは悔しい気持ちを抑えつつ、勝者であるエフフォーリアを称えながら、次のジャパンカップへと切り替えていった。

 

―次で最後となるジャパンカップ。三連敗分の悔しさを晴らす程の勝利で終えられる為に。

2021天皇賞秋をウマ娘で。 エフフォーリア視点

『東京レース場。本日のメインレースは、第164回天皇賞秋。注目は、このレースとジャパンカップでトゥインクルシリーズ最後の三冠ウマ娘・コントレイルに、皐月賞ウマ娘・エフフォーリア。G5勝のグランアレグリアと、実力あるウマ娘達が集う構図となりました……』

 

「すぅー……はぁー……」

 

実況の声が響く曇り空の東京レース場から、決戦の時が迫るスターティングゲート前で、私―エフフォーリアは、深呼吸しながら集中を高めていた。

私がターフに立つのは、日本ダービー以来となる。

あの頃は、前走の皐月賞を制して史上19人目となる無敗の皐月賞ウマ娘となり、日本ダービーでも1番人気で無敗二冠への期待が高まる中、レースは最後の直線で先頭に立ち、無敗二冠は確実かと思われた。

だが、ゴール寸前。内側から迫り来るバ影に気付かなかった。

 

『そして内側からシャフリヤールがやって来た!シャフリヤール!エフフォーリア!並んでゴールイン!どっちだー!?』

 

ゴール寸前、内側からシャフリヤールに強襲されるとは思わず、並ぶ形でゴール板を駆け抜けるが、写真判定の末に二着。初めて負けと無敗の二冠を逃してしまった。

ダービーで初めて負けた直後の私は、悔し涙に溢れていた。「あと数センチ、私の手の振りが前に出ていたら……」後悔の念に苛まれる私を見かねたトレーナーから「次は天皇賞秋」と言われ、クラシックの残る菊花賞を回避してまで、ダービーの悔しさをバネにここまでトレーニングに励んできた……負けられない!

 

「キミがエフフォーリア?ボクはコントレイル。今日のレース、全力で戦おう!絶対負けないからね」

 

ここまでの自分語りをしていた私に、別のウマ娘からの無邪気な声掛けで我に返った。

声の主はコントレイル。

皐月賞だけでなく、私が成し遂げられなかったダービーや菊花賞も制した三冠ウマ娘であり、ジャパンカップで同じ三冠ウマ娘のデアリングタクトやアーモンドアイとの三冠対決のレジェンドレースを繰り広げた一人である。彼女もジャパンカップで二着や大阪杯で三着に敗れた後と、実況でも言っていた天皇賞秋とジャパンカップでトゥインクルシリーズ最後だけに、負けられない想いは同じだろう。

 

「コントレイルさん。秋の天皇賞とジャパンカップでトゥインクルシリーズ最後の今回の1番人気のウマ娘が、他人と話しかけるなんて余裕ですね」

「余裕?あると言えば嘘になるかな?大阪杯三着だったし……でも、あのジャパンカップでボクは学んだんだ。どんな結果になっても、後悔だけは絶対にしたくないって。だから、今日のレースは絶対に負けないからね!」

「後悔ね……ああ。私も負けるつもりはないから」

 

これから約2分のレースの間は敵となるのに、三冠ウマ娘とは思えない無邪気さで私にフレンドリーに接するコントレイルと分かれた後、レースの発走を告げるファンファーレが、東京レース場に鳴り響いたのはその時だった。

まもなく始まる決戦に向けて1番ゲートに入るコントレイル、5番ゲートに入る私……全16人のウマ娘がゲートに入り、そして……

 

『さあ、体勢整った秋の天皇賞、スタートしました!』

 

ゲートの開放音と共に、全16人のウマ娘が一斉に2000m先のゴールへ向けて飛び出した。

 

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『大きな出遅れはありません。コントレイル、良いスタートを切った。勿論、エフフォーリアもスタートを決めて、さあ、高位集団という形になるのでしょうか?』

 

序盤はカイザーミノルを先頭に私は中団からやや前寄りに付く一方で、コントレイルはその後ろに居た。恐らく向こうのトレーナーからの作戦なのか、私をマークして最後の直線で交わす根端だろう。このバ群のまま1000m605で過ぎたレースは、私とコントレイルと共に今回の天皇賞秋の有力ウマ娘の一人であるグランアレグリアが、4コーナーで外目に先頭に立って最後の直線に入った。

 

「いくら有力でも、初めての2000では最後まで持たないはず……ここで!」

 

『外からエフフォーリア、もう負けられない!懸命にスパートに入った』

 

グランアレグリアが先頭に立ったのを見て、スパートへと仕掛けた私とほぼ同時に、私の右後ろからコントレイルもスパートへ仕掛ける声が聞こえた。

 

「久しぶりの勝利への飛行機雲、いっくよー!」

 

『コントレイル!コントレイルは現在三番目から前を追っている!こちらも負けられない、三冠ウマ娘!コントレイル!』

 

「やはり来たか。三冠ウマ娘!でも……」

 

―もう、あんな負けはいらない!

 

コントレイルのスパートへの声から、ダービーのシャフリヤールと重ねる私は、またあの悔しさを味わいたくないとばかりにグランアレグリアを交わし、一気に前へと抜け出す。

 

『あと100!エフフォーリアだ!エフフォーリアが抜け出す!二番手はコントレイルか!グランアレグリアか!』

 

「やぁあああああ!!!!!」

 

最後の100m、追い込んできた三冠ウマ娘のコントレイルとG5勝のグランアレグリアから振り切った私は、ゴール板を駆け抜けた瞬間、右手を高々に突き上げた。

 

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『エフフォーリア!ゴールイン!新時代の象徴が頂点に立ちました!エフフォーリア!』

 

「やった……やったー!」

 

レースが終わり、確定した着順掲示板で着の横の電光掲示板にある私のウマ番の「5の数字を見て、皐月賞以来となる勝利に喜びを爆発させる私に、コントレイルがレース前と同じく私の元にやって来た。

 

「おめでとう、エフフォーリア。ボクの飛行機雲でも追い付けなかったなんて、流石皐月賞ウマ娘だね」

「コントレイルさん……悪いね。次でトゥインクルシリーズ最後のジャパンカップへ弾みをつけたかっただろうレースに勝たせて貰ったよ」

「別にいーよ。また負けたのは悔しいけど、今回はキミが一番速かった。そこに後悔はないよ。引きずってたら、次で最後と予定しているジャパンカップに影響しちゃうしね」

 

負けを認めるコントレイルに、私は意地悪をこめた勝利の報告も、彼女は気にせず、次でトゥインクルシリーズ最後のジャパンカップに切り替えており、ダービーでシャフリヤールに負けた直後の私とは違い、内心は悔しいはずなのに、負けた事への後悔を引きずらず勝者を称える辺りに、彼女の強さを感じた。

こんな無邪気な外見も中身は立派に成長したウマ娘が、次でトゥインクルシリーズ最後とは……だが、三冠ウマ娘とのお互い負けられないレースに全力で戦って勝った今回の私の走りに後悔なんてない。

私がかける言葉は……

 

「なら、次で最後のジャパンカップでも、後悔ない走りを見せて下さいね」

「うん。キミもまだ今後を担える上に、三冠ウマ娘のボクに勝ったんだから、負けないでよ」

「勿論、そのつもりだ」

2020ジャパンカップをウマ娘で。 コントレイル視点

その日、40回目のジャパンカップを迎える東京レース場は、二つの異様な雰囲気に包まれていた。

一つは世界中に蔓延する新型ウイルスの影響で、場内の観客も感染対策で最小限の人数しか居なかった事。

そしてもう一つは……このレースで、三人の偉大な記録を持つウマ娘が直接対決を繰り広げる事だ。

 

「あーあ。せっかくの世紀の対決なのに……新型ウイルスめ~」

「仕方ないわよ、コンちゃん。こんなご時世でも、来てくれたお客さんに最高のレースを見せないと」

 

本バ場入場で東京レース場のターフに立つコントレイルは、横に居るデアリングタクトと共に、本来だったら、この二度とない世紀の対決に超満員の大観衆だったはずの寂しい場内に目をやっては、原因である新型ウイルスを嘆いていた。

 

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ボクの名前はコントレイル。

ボクを「コンちゃん」と呼ぶデアリングタクトと共に、新型ウイルスに翻弄された今回のトゥインクルシリーズで誕生した無敗の三冠ウマ娘だ。

といっても、ボクがデアリングタクトこと「タクト」を親友でもありライバルでもある立場として見始めたのは、ボクが日本ダービー、タクトがオークスを制して無敗で二冠を決めた頃からで、以降は無敗の三冠へ互いに競い合い、先にタクトが秋華賞で史上初の無敗のティアラ三冠を決めた瞬間は、ボクはつい舞い上がってしまい、トレーナーさんに灸を据えられてしまった。まあ、ボクの番となった菊花賞では、最後アリストテレスとの競い合いには焦ったけど……

何はともあれ、無敗の三冠ウマ娘になれたボクとタクトは、ボクが菊花賞を制した三日後にタクトがジャパンカップの出走を表明し、続けてボクも出走を表明した事で、同世代の無敗の三冠ウマ娘同士の直接対決に注目が集まろうとしたある日の事だった。

 

「おーい!大変なニュースだぞー!」

「もーどうしたの。トレーナーさん。そんな慌てて」

 

ジャパンカップに向けてトレーニングに励むボクとタクトに、トレーナーさんが息を切らしながらやって来て、手に持つ複数の新聞と雑誌をぶちまけては、それらの見出しを見たボクとタクトは驚愕した。

 

『アーモンドアイ・コントレイル・デアリングタクト、新旧「三冠ウマ娘」対決』

『夢のような対決』

『世紀のドリームレース』

『誰も見た事ない伝説のレース』

『史上最大の決戦』

 

「アーモンドアイ、ジャパンカップ出走表明!?」

G新記録の8勝を決めた私と同じティアラ三冠で憧れのアーモンドアイと、ジャパンカップで一緒に走れるなんて。でも、トゥインクルシリーズで最後のレースは残念……

 

アーモンドアイ。

タクトの言葉にあった通り、タクトがティアラ三冠を決める前にティアラ三冠を決めたウマ娘は、秋の天皇賞でシンボリルドルフが築き上げて誰も超えられなかった芝G7勝を超える8勝目を決めた瞬間は、タクトが凄く喜んでいたのを覚えていたが……

って、ちょっと待てよ。そのアーモンドアイがジャパンカップに出るという事は……しかも、タクトがさらりと重要な事を言ってたような……

 

「タクト……今、なんて言ったの?」

「え?「トゥインクルシリーズで最後のレース」の所?」

 

やっぱり、ボクの聞き間違いではなかった。手に取った新聞や雑誌をよく見ると、確かに「トゥインクルシリーズ最後のレース」と書いてあるアーモンドアイが、ボクとタクトとの無敗の三冠ウマ娘による直接対決のジャパンカップに割って入ってきたのだ。

 

「タクト。こうしちゃいられない!」

「え?どうしたの。コンちゃん?」

「あのアーモンドアイだよ。トゥインクルシリーズの最後のレースにボク達も出るジャパンカップを選んだという事は、ボクとタクトのどちらかが勝つ可能性より、どちらも負ける可能性が高くなったんだから!」

「確かにね。ライバルと憧れと共に走る三冠ウマ娘対決である以上、更に注目度は高くなるだろうし、ここは無敗の三冠ウマ娘同士の成果をアーモンドアイに見せ付けましょ。無論1着は私だからね」

1着はボクだよ。よーし、トレーナー!もう一本お願い!」

 

アーモンドアイのジャパンカップ参戦で俄然やる気が出たボクとタクトは、この日は日が暮れて夜になるまでトレーニングに励むのであった。

 

アーモンドアイ。ボクとタクトの対決に割り込んで勝ち逃げなんてさせないんだから!

 

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「アーモンドアイがジャパンカップに出るって!」

「三冠ウマ娘が三人も出るレースなんて、聞いた事ないよ」

「新型ウイルスさえなければ、絶対観に行くのに……

 

案の定、アーモンドアイのジャパンカップ参戦に、トレセン学園内どころかあっという間に日本中に知れ渡り、毎日周囲から期待されている視線と戦うボクに、ある日の学園内の廊下で、聞き覚えある声がボクを呼び止めた。

 

「コントレイル」

「ひゃっ!ディ、ディープさん!?」

 

吃驚したボクが振り向いた声の主は、ボクにとっての憧れのウマ娘だった。

 

ディープインパクト。

子供の頃に無敗の三冠ウマ娘を決めたディープさんの活躍に憧れてトレセン学園に入学したボクは、憧れのディープさんの背中に近付こうとここまで頑張れたからこそ、ディープさんと同じ無敗の三冠ウマ娘になれた菊花賞後に、噂を聞きつけたディープさんが直々にボクを褒めてくれた事は嬉しかった。しかし、それでも威厳はまだまだ敵わないディープさんがボクを呼び止めるとは思わず、そりゃ吃驚はする。

 

「驚かせてしまったのならすまない。まあ、デアリングタクトやアーモンドアイとの三冠ウマ娘対決に緊張しない方がおかしいだろうな」

「べ、別に緊張なんかしてないよ。いつもの飛行機雲でタクトに勝ってアーモンドアイの勝ち逃げなんてさせないからさ」

「その威勢なら心配はなさそうだな。なら、私からかける言葉は一つだ。「どんな結果になろうと、後悔はするな」。ジャパンカップ、期待しているよ」

「はいっ!」

 

憧れからの応援に尚も張り切るボクだったが、この時はタクトに勝利とアーモンドアイに勝ち逃げさせない事で頭が一杯と、ディープさんからの言葉の意味までを考えていなかったまま、ジャパンカップ当日を迎えるのであった。

 

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『新型ウイルスの影響で、昨年のような大歓声は未だ戻ってきてはいない東京レース場。しかし、そんな中で誕生した二人の無敗の三冠ウマ娘・コントレイルとデアリングタクト。更にG新記録の8勝を達成し、このレースでトゥインクルシリーズ最後のティアラ三冠ウマ娘・アーモンドアイが一堂に介する、最初で最後の特別なジャパンカップです』

 

本バ場入場を終えてスターディングゲート裏に立つボクとタクトは、決戦への集中を高めつつ、この世紀の一戦に立つ選ばれし他の13人のウマ娘を眺めていた。

カレンブーケドール・ワールドプレミア・キセキ・ミッキースワロー・トーラスジェミニ・パフォーマプロミス・クレシェンドラヴ・マカヒキ・ユーキャンスマイル・ヨシオ・グローリーヴェイズ・こんなご時世でも来日してくれた海外ウマ娘のウェイトゥパリス。そして……

 

「アーモンドアイ……

 

ボクとタクトと共に今回のジャパンカップの主役がそこに居た。この日までトレセン学園内やトレーニング中でも会うのを避けていたボクでも分かる圧倒的なオーラと共に、人気も当然アーモンドアイが一番で、ボクは二番タクトが三番とどちらも負けているが、人気がそのまま結果に直結するわけはないし、ボク達以外のウマ娘達も、隙あらば大金星への漁夫の利を狙っているのだろう。

いつもの事ではあるが、いつも以上に感じる異様な雰囲気。やってやろうじゃないの!

 

「あ、あの。G新記録の8勝おめでとうございます!一緒に走れて嬉しいです!」

 

とはいえ、タクトはさっきからそのアーモンドアイに付きっきりではあるが、憧れと一緒に走れるトゥインクルシリーズでの最初で最後のレースだし、離れた所から大目に見るボクに、いよいよその時は訪れた。

東京レース場に鳴り響くファンファーレと観客達による手拍子。日本中が注目し、後に伝説となるだろう『トゥインクルレース史上最高の150秒』がまもなくスタートする……所で、まるで今から始まる夢のレースから覚めたくないとばかりに、ウェイトゥパリスがゲート入りを嫌い、発走が5分遅れるアクシデントがあったが、「この程度で集中を乱すボクじゃない」と言い聞かせるも、内心落ち着かない思いもありつつゲートインし、そして

 

『ジャパンカップ、スタートしました!』

 

ゲートが開き、瞳の先にあるゴールを目指して走り出した。

 

 

レースはキセキが第1コーナーから大逃げを展開する中、ボクは深追いせず、タクトと共に離れた中団から追走し、4コーナーでタクトの背後に迫ったボクは、4コーナー後の直線で大外から強襲をかけた。

『大外はコントレイルが飛んで来たー!』

 

「大逃げのキセキが止まった。よーし、ディープさん。見てて……!?」

 

いざ勝利への飛行機雲を描こうとしたボクの声が止まった。自分の先に居るキセキ・グローリーヴェイズ・カレンブーケドールとは別のウマ娘が居たのだ。

ボクと同じ水色基調で赤も交えた勝負服。茶髪の後ろ姿……アーモンドアイだ。

 

「へぇ、流石G新記録の8勝しただけあるじゃん。でも……

 

「勝つのはボクだ」とばかりに勝負をかけるスパートをかけたが、それでもアーモンドアイとの差が一行に詰まらないまま、ゴールまで残り200mの標識を通過した。

 

「差が詰まらない!?なんで?あれだけタクトとトレーニングしたのに……

 

アーモンドアイとの差が詰まらない事に焦るボクに追い討ちをかけるように、ゴールまで残り100mを切った。キセキを交わし、タクト・グローリーヴェイズ・カレンブーケドールと競い合っている事すら忘れる程、ボクの視界はもうアーモンドアイしかなく、着々と初めての敗北の瞬間が迫っていた。

 

「負けられない……ディープさんの期待に応える為に、こんな奴に勝ち逃げなんてさせないんだ……アーモンドアーイ!」

 

最早無意味と分かっている遠吠えも、先頭を走るアーモンドアイの耳に届く事はなく、223秒の夢のレースは、アーモンドアイが1着で駆け抜けて行った。

 

----

 

『アーモンドアイ、最強の走りで今、ゴールイン!歴史に残るレース、歴史を作った三冠ウマ娘の共演を制し、ラストランを見事に有終の美で飾りました!』

 

「ハァ、ハァ、ハァ……

 

レースを見届けた観客からの拍手と紙吹雪が舞う東京レース場で、ボクは息を切らしながら、確定した着順掲示板を眺めた。

何度見ても、ボクのウマ番は2着にあった。タクトも当初はカレンブーケドールとの写真判定から何とか3着に確定したが、それはお互いの初めての負けを意味していた。

 

負けた。

しかも、このレースでトゥインクルシリーズ最後のウマ娘に勝ち逃げされた。

もうリベンジも出来ない悔しさがこみ上げ、いくら我慢しても目から出てきそうな涙を堪えようとするボクに、ふとあの時ディープさんに言われた言葉を思い出した。

 

(どんな結果になろうと、後悔はするな)

 

初めての負けの結果が、追い付けそうで追い付けなかった一バ身差。「本当にこれで最後なのか?」と思うぐらい、アーモンドアイは確かに強かった。今になってディープさんの言葉の意味が分かったボクは、同じく初めての負けに悔しがるタクトと共に、場内に向けてトゥインクルシリーズ最後の勝利を報告するアーモンドアイの元に歩み寄る。

 

「くぁー!負けたぁー!やっぱ、アーモンドアイは強いや」

「流石ティアラ三冠の先輩、完敗でした……

 

これがアーモンドアイとの初めての邂逅となるボクは、初めての負けを大袈裟にアピールし、タクトも初めての負けを認めて勝者である憧れを称える中、二人に気付いてこちらを向いたアーモンドアイの口から返って来た言葉は意外な物だった。

 

「いや、礼を言うのは私の方だ。今回お前達は無敗の三冠ウマ娘になった。二人の頑張りを見て、かつての三冠ウマ娘の頃を思い出した私は、秋の天皇賞でG新記録の8勝を、今日のジャパンカップで9勝目を決めた。コントレイル、デアリングタクト。お前達が居たから、今の私になれた」

 

まさか、あのアーモンドアイから礼を言われるとは思わなかったボクは呆気に取られた。なんだ。結構良い人じゃないか。ジャパンカップ当日までずっと会うのを避けていた事が途端に恥ずかしくなったボクは赤面し、ただ笑うしかなかった。

 

「ん?どうした?私が変な事でも言ったのか?」

「いや、何でもない……悔しいけど、初めて負けたウマ娘がアーモンドアイじゃ、負けて悔いなしかも」

「これからのトゥインクルシリーズを担うお前達には、負けも経験しないとな」

「今日の負けを糧に、もっともっと強くなります。G9勝目おめでとうございます!」

「私も、トゥインクルシリーズ最後の相手がお前達で本当に良かった。ありがとう!」

 

その日、ボクとタクトは初めて負けを経験した。

だけど、不思議と後悔はなかった。

例えこの先、困難な道のりが待っていようと、アーモンドアイ・コントレイル・デアリングタクト。新旧三冠ウマ娘がしのぎを削った、後に伝説として語り継がれるだろうジャパンカップを、ボクは一生の思い出として忘れない。

ウマ娘プリティーダービー season2 第8話「ささやかな祈り」ライスシャワー視点

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93年、天皇賞(春)。

極限まで削ぎ落とした身体に、「鬼」が宿る。

王者・メジロマックイーンの三連覇を阻んだ、漆黒のステイヤー。

ヒールか。ヒーローか。

悪夢か。奇跡か。

そのウマの名は

 

----

原作7話・8話をベースに、独自解釈が入っています。

 

『前回のトウカイテイオーとメジロマックイーンの対決が記憶に新しい天皇賞(春)。今回も注目されるのは、三連覇が懸かるメジロマックイーン。立ちはだかるのは、ミホノブルボンの三冠を阻んだ菊花賞ウマ娘・ライスシャワー。めっきり力を付けているマチカネタンホイザなど、今回も強敵揃いです』

 

……

 

京都レース場内にある控室のスピーカーから流れる実況の赤坂さんによる春の天皇賞の展望なぞ、Gレース仕様の勝負服に着替えているライスシャワーには雑音にしか聞こえなかった。

 

 

思えば、ライスは当初春の天皇賞を走るつもりはなかった。

その原因は、菊花賞に遡る。

中央三大クラシックの皐月賞・日本ダービーを制し、シンボリルドルフ以来の無敗の三冠が懸かっていたミホノブルボンに勝利し、ブルボンの三冠を阻止してしまったのだ。

 

「祝福の名前」から名付けられ、小さい頃からキラキラした物に憧れていたライスは、8着に惨敗した皐月賞で、圧倒的一番人気で1着のブルボンのキラキラさに惹かれていき、憧れのブルボンの背中に届こうと、続く日本ダービーは1着のブルボンの次の2着。そして迎えた菊花賞はゴール前の直線でブルボンを追い抜いて遂に勝利し、ライスも皐月賞でキラキラしていたブルボンのようになれるのかと思っていた。

 

「ブルボンの三冠が見たかったのに……

「なんでぇ~」

 

だが、ライスの勝利に場内からの歓声はなかった。

無理もないだろう。観客が見たかったのは、シンボリルドルフ以来の無敗の三冠を決めたミホノブルボンの姿のはずだったからだ。

ライスが菊花賞を1着でゴールした瞬間、場内がため息に変わっては、口から出るのはライスへのブーイングと、憧れていたブルボンの夢を壊してしまった事に居ても立っても居られずに涙を流し、逃げるようにターフから立ち去る事しか出来なかった。

 

いくら頑張って走っても、誰にも認められない。

加えて春の天皇賞では、メジロマックイーンの三連覇にみんな期待している。

そんなレースに出て勝っても、誰も喜ばない。勝ってもみんなを不幸にする。

「ライスシャワー」という幸せな「祝福の名前」の地盤の重さに耐えきれず、もう走らないと決めた……はずだった。

 

 

そんなライスに喝を入れたのは、ブルボンだった。

 

「貴方は私のヒーローなんです!強いウマ娘なんです!天皇賞に出て、それを証明しなさい!」

 

最初は「四の五の言わずに走りなさい!」と訳が分からなかったが、菊花賞後に大きな怪我をした事、いつまた走れるようになるのか不安に押し潰されそうになった事、それでも折れずにいられたのはライスがいた事と、ライスによって無敗の三冠の夢を壊したが、「次は勝ちたい。今度は負けたくない。強いライスと走りたい」というそれ以上の夢と希望を与えてくれた上、「貴方はヒールじゃない。ヒーローなんです」のブルボンの言葉に揺れ動いた末、彼女の気持ちを受け取り、怖いという気持ちはまだあるも、もう一度頑張ってブルボンと走りたい思いが芽生え、春の天皇賞への出走を決意したのだった。

 

----

 

Gレース仕様の勝負服に着替え終えて控室から出たライスは、地上のターフへと続く地下通路内で、今回の春の天皇賞の最有力ウマ娘であるメジロマックイーンの姿を確認した。

 

 

チームスピカに所属するマックイーンは、前回の春の天皇賞では同じスピカに所属する無敗のトウカイテイオーとのTM直接対決を制して二連覇を決め、三連覇が懸かる今回も、前走の大阪杯で復帰戦ながらレコードの圧勝もあって圧倒的な一番人気に支持されていた。

そんなマックイーンに勝つべく、ライスは桜並木の河川敷の遊歩道でトレーニングしているマックイーンと何度も競い合うが、尽くマックイーンに逃げられてしまっていた。

春の天皇賞の距離は3200m200m短い3000mの菊花賞でブルボンに勝利と長距離は得意な方のライスだったが、過去二回も春の天皇賞を制したマックイーンとの実力差は歴然。

このままではマックイーンに勝てないと踏んだライスは、走力や経験値で勝てないなら精神力で勝とうと徹底的に自分と向き合って一人になる為、外泊の許可を貰い、山奥の廃校で密かにトレーニングに励む事にしたが、ある日そこに、この間ライスがトレセン学園を休んでいるのを知ったブルボンがやって来た。

 

「どうしてここが分かったんですか?」

「寮長のヒシアマゾンさんに聞きました。無断で外泊するような方ではないと思いましたので」

「そうですか」

 

走り込みによる泥まみれのシューズを見て驚くブルボンに、レースへと引き戻してくれた恩もあって今回のトレーニングの目的を伝えては、最後に自分らしくない持論で締めた。

 

「精神は肉体を超越すると思います」

……同感です」

 

少しの間からのブルボンの返答だったが、流石「サイボーグ」と呼ばれただけはある返答の後、ライスはトレーニングに戻った。以降はブルボンも見守るトレーニングは、持ってきた何十足のシューズが泥まみれで増えていく一方、ライスの中に何かが宿ろうとしていた。

 

マックイーンさんに勝つ為なら、ライスは……「鬼」になる。

 

 

こうして迎えた春の天皇賞当日。マックイーンとは何度も逃げられたトレーニング以来となる再会も、マックイーンの顔つきがまるで猛獣でも見ているかのようなように見えた。

 

----

 

スタート直前にマックイーンがゲート入りを嫌うアクシデントがあった春の天皇賞は、スタートから大逃げするメジロパーマーを先頭に、レースは二周目の京都レース場の三コーナーの坂を上った所でマックイーンがスパートをかけ、四コーナー後の直線でパーマーを抜いて先頭に立った。
一方、スタートからずっと後ろからマックイーンをマークするライスも続けてパーマーを抜き、外からマックイーンとの差を詰め、遂に横に並んだ。

何度も逃げられて追い付けなかったマックイーンさんに追い付いた。トレーニングの成果が出ている。精神は肉体を超えられる。


しかし

 

「オイオイ、止めてくれよ!」

「マックイーン!頑張れ!」

「ライスシャワー!またヒールになるつもりか!」

 

今まさにマックイーンを抜かそうとしている時に、場内からはまだマックイーンの三連覇を望む声が聞こえる。

 

「ライスは……

 

だが、一人のウマ娘の偉業が懸かる大記録の為に、邪魔者な他のウマ娘達には負けろと?勝つなと?

 

「ヒールじゃない……

 

走る為に生まれてきたウマ娘は、瞳の先にあるゴールへ誰よりも速く駆け抜けるが使命。例えそれが、一人のウマ娘の偉業が懸かる大記録の夢を壊して「ヒール」と言われようと……

 

(貴方は私のヒーローなんです)

 

こんなライスを「ヒーロー」と言ってくれたブルボンさんの為に!

 

「ヒーローだ!」

 

次の瞬間、「たった一人のヒーロー」を選んだ瞳から蒼い炎を宿りし「鬼」は、マックイーンを抜いて先頭に立ち、そのままゴールへと駆け抜けた。

 

 

3171の勝者へのレコードタイムが出ても尚、場内は静寂に包まれていた。

初めから分かっていた。観客が見たかったのはレコードを決めて1着でゴールしたライスではなく、マックイーンが1着でゴールし、春の天皇賞三連覇を決めた姿のはずだったからだ。

 

「またやられたよ……

「マックイーンの三連覇、見たかったなぁ……

「なんでだよ!」

 

菊花賞と同じ、また夢を壊してしまった。けれど、もう逃げないと決めて勝ち取った1着は誇るべきと、ライスは自分へのブーイングが聞こえる場内に向けて一礼しただけで、今度は涙を流す事なくターフから去ろうとしたその時、どこからか拍手が聞こえた。

拍手が聞こえた方へと向くや、ライスによって春の天皇賞三連覇の夢を壊してしまったマックイーンからだった。

マックイーンだけではない。パーマー、マチカネタンホイザ、イクノディクタスからも……誰にも祝福されなかった菊花賞と違い、競い合い敗れた者からのささやかな拍手に見送られ、ライスはターフを後にした。

 

----

 

「優勝おめでとう。ライス」

 

地下通路で一人歩くライスを、ブルボンが迎えてくれた。春の天皇賞への出走を決意した日に初めて「ヒーロー」と言ってくれたブルボンを見て、ここまで泣かずに我慢していた涙が零れ始めていた。

 

「また……たくさんの夢を壊してしまいました……

「それが「勝つ」という事です。勝負ですからね。誰かが勝てば、誰かが傷つき、夢破れる。そういうものです」

 

ブルボンの言う通りだ。勝負に「勝つ」という事は、誰かが負ける。それは誰かの夢を叶えると同時に、誰かの夢を壊してしまう。そんな非情な勝負の世界に、ライスやブルボンらウマ娘達は戦っているのだ。

 

「ブーイングって、痛いんですね。やっぱり……痛かったです」

「ブーイングはチャレンジャーの勲章です。傷つく必要はありません。でもいつか、これが歓喜の祝福の声となる日は必ず来ます。貴方が勝ち続ければ、きっと……

 

そうブルボンが励ましてはライスの元へと近づき、首元を撫でながら、自分の「祝福の名前」を唱えてくれた。

 

「だって、貴方の名前は「ライスシャワー」なんですから」

 

そうだ。自分の名前は「ライスシャワー」「祝福の名前」だ。今は祝福なき「たった一人のヒーロー」でも、勝ち続ければ、いつかは歓喜の祝福の声で「みんなのヒーロー」と認められるその日まで……

 

もう、泣かないよ。

 

「うん……ライス……頑張るね」

「それでこそ、私の「ヒーロー」です」


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